2013年6月16日日曜日

【携帯投稿】最終電車に揺られて

遅れ10分。

日曜日の夜、福島駅23時30分発の東北本線上り松川行きは、車両点検で遅れている。

蒸し暑くじめじめとした雨は夕方にはやみ、涼しい夜風が駅の中を吹き抜ける。

最終電車を待つ人影がちらほらと。
さっき着いた新幹線からだろうか、ディズニーランドの袋を抱えた女の子。

iPhoneのミュージックをスタートさせ、さっきコンビニで買った安いワインとお寿司を早く食べたいと思う。

まもなく6両編成の電車がホームに入る。
1両に2,3人の乗客を乗せて、発車する。

南福島でディズニーの女の子は降りた。

貸し切りになった電車は、トンネルを抜けて金谷川に到着する。

雨上がりの夜は爽やかで、1日の疲れを癒してくれた。

6月半ばの22歳の梅雨のある夜である。

2013年6月14日金曜日

【携帯投稿】雨の上野

こんにちは。

6月1日,2日の東北六魂祭も終わり、9日は日商簿記検定1級があり、今週は埼玉へ帰省しました。

冬から春先にかけて就活で10回ほど利用したニラクの就活支援バスが6月19日で運行終了ということで、最後に乗りたいと思いました。

ニラクはパチンコホールですが、10回の洗脳プログラムでパチンコに対するイメージが変わりました。
まぁでも僕はパチンコはやらないですが。

昨日は雨の中、東京都美術館で開かれているレオナルドダヴィンチの企画展に出かけました。
久しぶりの美術館でした。
今回は1118枚の紙葉から成るアトランティコ手稿が日本初公開だったそうです。
そしてダヴィンチが唯一描いた男画の「音楽家の肖像」も公開されました。

手稿、天才のメモ帳を拝見しましたが、彼はあらゆる面に対して広い知識と深い洞察力で、さすがだなぁと思いました。

一体どういう教育を受けてあんな天才になったのでしょうね。

さて、最近は大学で「世界平和」についてまじめに考えています。
今年からお世話になっている指導教授がまともに議論してくれています。

これまで僕は、失業がなくなり働きに見合う給料を得れば幸せな気分になって戦争はなくなるんだろうなぁ~なんて考えていましたが、ひとつひとつ整理して因果関係を捉えて現実の具体例にあてはめていくと…
今まで思っていたことは穴だらけだったようで、もっと客観的に周りを見ていかないといけないなって。

教授からアドバイスをもらいました。
今まで誰も考えつかなかったようなひらめきを思いつきたいなら、本を批判的に読んでいくことだそうです。
でも経済学の専門書を批判的に読むのってムズカシイ。


昨日の上野は、雨でした。
でも、雨を好きな素敵な人と散歩すると、自分まで幸せな気分になります。

幸せってこういうことなのかな。
みんな幸せになって、争いごとがなくならないかな、って願っています。

中学から親しい友達が、7月から大阪へ転勤だそうです。
彼は、ケニアで知り合った写真家さんの他で唯一、一緒に海外へ出掛けた仲です。

地元の春日部に「梅田」という地名があって、そこにサイゼリヤがあります。
中学の頃から何年も通いましたが、今度は本場の大阪「梅田」で食事をする日が来るかもしれません。
幼馴染みの友達も大阪におり、小学校の友達も今年から大阪勤務になりました。
中学・高校の親しかった友達は京都や神戸に多くいます。
韓国の大学で知り合った日本人学生も関西出身が多く、大学の知り合いも数人が今関西にいます。

あれれ?
気がついたら東京より大阪の方が友達多くなっちゃった(笑)なんて感じです。
僕はどこに配属されるのかな。


雨の上野は、きれいでした。

2013年5月30日木曜日

【読書記録】中国経済論


堀口正(2010)『中国経済論』世界思想社

本書は14章から構成されており、中国経済の概要、農村経済、地域格差と貧困問題、対中経済協力、人口問題、財政問題、日中ものづくりの特徴、戸籍制度と労働移動、人民元切り上げの効果、環境問題、観光開発、貿易構造、中国企業の国際化、WTOからFTAへという題で中国の現状について詳しく述べられている。

1949年に共産党政権による中国が成立してから1978年までの約30年間は「自力更生」(自らの力で国家を発展させる)の時期、1978年から今日までの約30年間は「対外開放」(外国の資本や技術を通じて国家を発展させる)の時期に区分できる。
1949年から1978年までの時期は、49~52年の経済復興期、53~57年の第1次五カ年計画期、58~60年の大躍進期、61~65年の経済調整期、66~76年の文化大革命期、77年前後の洋躍進期に分けることができる。
そしてこれまでの「自力更生」による社会主義建設が挫折し、対外的な開放政策を通じて経済成長が実現し、中国型の社会主義市場経済が形成されていく。

農村経済の章では、中国の社会主義が人民公社体制を中心に展開していった経緯を述べている。
第1次五カ年計画以降、互助組、初級社、高級社、そして人民公社へと組織の編成替えを繰り返し、同時にこれらの組織を中心として農業経営が行われていた。
しかしながらこうした農業経営では、生産が政府の政策に基づいて行われていた為、経営効率はよくなく、消費者の需要を満たすものではなかった。
1978年以降、これらの矛盾や問題点を解決するために「農業生産請負責任制」が導入され、自由に市場で販売することを認められたことから農民の生産意欲を刺激し、食糧生産量は大きく増加していった。

中国の財政制度は1980年代まで「統収統支」「高度集中管理」の原則のもとで行われていた。
統収統支とは、
(1)いっさいの収支項目、支出方法と支出指標をすべて中央が統一的に設定すること、
(2)いっさいの財政収支はすべて国家予算に組み入れられ、収入はすべて中央に上納され、支出は中央から支給され、年度末の余剰金も基本的にはすべて中央に上納されること、
(3)財政的権限は中央と大行政区に集中しているが、中央を主とすること、
である。
一方改革開放後は、「財政請負制」の実施により財政の地方分権が進展し、1994年以降は「分税制」の実施により、地方分権と中央集権が混在するようになっている。


1978年の対世界における中国の貿易シェアはわずか0.8%であったが、2007年には約10倍の7.7%にまで増加し、アメリカ、ドイツに次ぐ貿易大国になっている。
またその間に輸出品目も一次産品から工業製品へとシフトし、構造上も、原材料や半製品を外国から輸入して中国でそれらを加工して輸出するという「加工貿易」へとシフトしている。しかしながら、そうした輸出の多くは外資系企業に支えられており、2007年の外資系企業の輸出額シェアは約60%で、そのうち機械製品の輸出については70%台に達している。
中国の企業が外資系企業に代わって輸出の多くを支えるようになることが今後の課題であろう。
2001年12月にWTO加盟を果たした中国は、当初の予想通り、世界経済との関係を強化し、貿易量を大幅に増加させ、経済発展も順調に進んでいる。
WTOの原則適用のために生じる資源配分の非効率に対する課題については、FTAの締結による政治的な決断も重要である。

【携帯投稿】週末は六魂祭

こんばんは。

24,25日の夜勤、26日の仙台、27日の新潟、28日の福島での大学のゼミを乗り越えました。
この一週間はきつかった...

今週末は、いよいよ東北六魂祭です。
金・土の夜勤、日曜の夕勤に入っています。
今回は、覚悟です。

1年で1番忙しい日になるかもしれません。

ただ、これを乗り越えればシフトも減る見込みで、しばらくは落ち着いた日々を送れそうな気配です。


月末になってきたので、家計簿の決算手続きに入ったのですが、あらあら、収入は多いので赤字にはなっていませんが、緊縮予算ということで計画を立てたにも関わらず、20%も超過してしまいました。

秋田・青森へ行って、新潟へ行って、飲み会にも行って、なんだかんだで出費を許してしまいました。
来月の予算配分はどうしようかなぁって思っています。

3週目に帰省しようか考えています。


今日のサークルでは、発見がありました。

新しく入って来た1年生が、さっそく付き合っているようなのです。
その背中を押したのが、僕が最初のサークルで話した

「大学は勉強だけをする所ではないからね」

というコメントだったそうなのです。


昨日のゼミ飲みでは、3年生が進路の話を持ちかけてきました。
民間就職に向けたガイダンスが始まり、一方では公務員講座が始まりました。
ここでも持論を展開し、途中から教授も加わって白熱講義になってしまいました。

いい意味で影響力のある人間になりたいな、と思いました。
くれぐれも無責任な話はしないように...と!


今年度が始まって、3年ぶりにいろいろな人と出会う時期に差し掛かっている気がします。

大学4年生として後輩との交流、そして社会人1年生へ向けての準備として先輩との交流、最後の1年を共に楽しむ仲間との交流と、見通しが立ち、少しばかりでも結果を出したことで、周りの見る目が変わったようです。

思い返せば進学先の大学が決まった時も同じような感覚でした。

前回では親の愚痴をダラダラと書きましたが、大学へ来たからこそ親とは違う道を歩めるのかな、なんて最近考えたりしています。
あの呪縛に囚われないようにして、「未来ある人」をめざそうと思います。

やっぱり僕は、年齢がモノを言うと信じていますね。


2013年5月24日金曜日

【PC投稿】落とし所のない話

(新緑の福島大学)

もうすぐ暑い夏がやってきますね。
今年はどこへ行こう。
最後の夏くらい福島で過ごそうかな、そんなことを考えている今日この頃です。

こんばんは。
いかがお過ごしですか?
私は、ぼちぼち…というところです。
相変わらず精神の落ち着かない日々を送っています。

昨日は夕方に大学で日本酒の試飲会がありました。
とても楽しいひとときでした。
少し酔ったのですが、学食で夕食をとって酔いがさめたので、経済学部棟にある自習室で少しお勉強。
それから夜の9時過ぎに7階の研究室へ行くと、教授と数人の学生がまだ残っていました。
夜ののんびりとしたひとときで、本を読んだりしゃべったり、のんびりしてきました。

学食を出た時、ラクロス部の2年生と会いました。
結構仲良くしている後輩です。
実は先週の金曜日、別の2年生とケンカ別れになってまだ仲直りをしていません。
一部の2年生は自己主張が強すぎて前々からあまり合わず、また、親しかった3年生は、主将と副主将を残してそろって退部してしまい、私には居づらい環境でした。
そしてついに2年生のひと言ふた言に腹が立ってしまったわけですが、もう知りません。
私はスネちゃいました。
別に向こうからアクションを起こしてきたわけではないので、お互い様な感じはありますが、今でも思い出すだけでイライラしてきます。
ケンカの場に居合わせた副主将は、私に気を利かせてくれて連絡をくれますが、自分自身はどうも気が乗りません。
このもやもや感をいつまで続けるつもりでしょうね。
自分でも嫌になります。

5月になって夜も過ごしやすい気温になってきました。
朝に日が昇る時間も早まり、1日が長いです。
もうすぐ夏至なのですね。

明日から2日連続の夜勤で、給料日後ということもあり覚悟です。
来週は六魂祭があり、2週間連続で気合いを入れて仕事に臨まなければならないので、少し不安です。
しかも今度の日曜日は、大学生協の旅行に関する件で仙台へ行くことになりました。
往復の新幹線を取ってもらい地下鉄のフリーパスももらって、何を喋ろうかなと先日パワーポイントを作りました。

振り返ればケニアへ行ってからもう2年が経ったのか、と思います。
当時の写真と見比べると、少し、ほんの少しばかりですが成長した顔立ちになった気がします。

そんな私は、相変わらず将来のことに不安を感じています。
もうどうすればいいのでしょうね。
気を紛らわすために勉強したり本を読んだり。
それでも何もわからず、結果も出ずで、焦るばかりです。

ほぼ2回連続のような感じで精神論の話を持ちだして、本当にすいません。
この前、ある女の子が「あたしは働いてる人と結婚する。または未来がある人。」と言っていました。
その通りだよだなぁと思いました。
結婚すれば相手の経済力で人生変わるわけで、自分の母親を見てきたから尚のこと納得がいきます。
では、問題は父親です。
20年間背中を見てきて、尊敬していますよ。
でも厄年を過ぎてからどうも調子がよくありません。
それまでのつけを払っているかのようにも見えますが、それが父の生きざまなのかな、とも思ったり。
このままだと私も父と同じようになってしまわないかと不安でなりません。
調子の良いことを言って実態を伴わなくて、好きなことをやってあとでつけが回ってきて。
私とそっくりで、嫌になってしまいます。
最近は顔立ちまで似てきてしまって、もう氏にたいです。
でもきっと、少しのひねり、おそらくはある分岐点で右へ行くか左へ行くかを変えるだけで、途中から違う人生を歩めるのかな、という期待も抱いたりしながら過ごしています。

でも考えれば考えるほど父に囚われてしまい、動けば動くほど父に似ているような気がして、彼の呪縛からなんとかして逃れられないものだろうかと考えています。
でもふと油断した隙に悪魔がすっと入ってきて、父と同じ行動を起こしている自分がいて、悲しいです。

はて、将来有望株だとインチキしている私が、本物になることはできるのでしょうかね。
普段から「マイナス思考の人のそばにはいたくない」とか思っているくせに、自分がマイナス思考で矛盾していますが、こんなぐだぐだ話を書くだけで少し眠れそうになってきたので、ここまで付き合って下さってありがとうございました。

もう泣きたいですね。
2週間後に日商簿記検定試験を控えています。