2013年7月12日金曜日

【読書記録】制度と調整の経済学



宇仁宏幸(2009)『制度と調整の経済学』ナカニシヤ出版

 本書は、「市場対国家」という思考枠組を採用せず、コーディネーションという制度的調整の重要性を指摘している。とくに、1990年代以降の日本の経済調整における社会単位のコーディネーションの弱体化と企業単位のコーディネーションの限界は、経済の長期停滞や所得や雇用機会の格差拡大など、今日の諸問題の根底にあることを示している。

 この10年間、日本の経済政策は構造改革論と景気対策論の間を揺れ動いたが、両者とも日本経済の再生にとって有効な社会単位の制度改革をほとんどなしえなかった。両者の失敗の根本的原因は、構造改革論と景気対策論が、ともに「市場対国家」という思考枠組みにとらわれて、日本の経済調整が抱える根本的問題を捉え損なっていることにあると、著者は指摘している。

 第1部では、市場的調整と制度的調整について理論的な考察がなされている。まず、「コーディネーション」「企業単位コーディネーション」「規制」「ヒエラルキー」という4つの制度的調整のメカニズム、特徴、メリットおよびデメリットが説明されている。つぎに、メンガー、コモンズ、ウィリアムソン、「資本主義の多様性」アプローチおよびレギュラシオン理論を取り上げ、これらの諸理論の特徴、貢献および限界について考察している。

 第2部では、第1部で述べた分析枠組みを用いて、「日本の賃金格差拡大の要因」「日本製造業における企業内・企業間分業構造の変化」「成果主義的賃金制度とアウトソーシング」「バブル崩壊後の経済再生プロセスの国際比較」について、日本経済が直面した諸問題を分析している。さらに、拡大EU諸国とアジア諸国に関して、貿易財と非貿易財とに分けて、労働生産性上昇率を計測し、「通貨統合の諸条件の比較分析」を行っている。

 第3部では、第2部の分析をもとに、長期雇用を制度的に維持することや生産性上昇を制度的に賃金上昇に反映させるといった、制度的調整を明示的に導入することを試みている。また、1990年代における日本の経済停滞と米国の経済成長の原因を明らかにすることで、日本の経済停滞が需要サイドの諸要因に起因していると証明した。最後に、日本の生産性上昇率格差デフレーションの一因は、春闘の形骸化による労働組合の賃金交渉力の弱体化によって、賃金上昇率が低位平準化したことにあると結論づけている。

 本書で特に印象的なのは、日本の所得格差の拡大要因に関する諸説の概要と評価について、分かりやすい表(p.76,3-8)にまとめている点である。この表では、日本において1990年代末以降に現われた年齢階層内での賃金格差拡大について、IT化による高熟練労働への需要増を要因とする「SBTC仮説」、低熟練工程の途上国への移転を要因とする「アウトソーシング説」、貿易開始による相対価格変化を要因とする「貿易効果説」、成果主義的賃金導入と春闘形骸化を要因とする「賃金制度要因説」、「人口高齢化説」、「雇用非正規化説」を想定し、日本の賃金格差拡大に与えた影響の可能性を評価している。また、コモンズの「集団的行動が支配的な今日における経済分析の基本単位は、交換ではなく取引(transaction)である。」(p.25,L.13)という考え方を示すことで、今日の経済は、「市場的調整」に加え、「規制」と「ヒエラルキー」という分析単位から構成されていることを理解した。

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